東京高等裁判所 平成12年(ネ)4378号 判決
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、三二三四万円及びこれに対する平成九年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の当審における主張
1 被控訴人は外国法人であるが日本における代表者を定め東京都千代田区に営業所を設置しているから、民事訴訟法四条五項(旧民事訴訟法四条三項)により日本の裁判管轄に服し、東京地方裁判所の管轄に属している。
2 本件については以下の事実関係が認められるので日本の裁判管轄を否定すべき特段の事情は認められない。
(一) 被控訴人は控訴人が被控訴人の口座に本件送金をしたこと及び被控訴人が右送金された金員の処分権を有していたことを認めているから、本件天皇金貨が偽物であった以上、不当利得が発生することは準拠法の如何にかかわらず明らかである。したがって、スイス連邦法が本件の準拠法であるとしても日本の裁判所において同法を適用すれば足り、スイス連邦の銀行実務や商慣習等についてスイス連邦の裁判所において証拠調べをするまでの必要はない(なお、ヘルマン・ハーベルリンクは現在はアメリカ合衆国に在住している。)。
(二) また外国に支店等を設けて商売をする場合にはその外国の裁判権に服することを覚悟するのが世界の常識である。
(三) 控訴人は資本金一〇〇〇万円の家族商店であり、世界屈指の大銀行を相手として外国で訴訟をすることの負担には耐えられない。
3 仮に日本の裁判所の管轄を否定すべき特段の事情に当たる事実が認められるとしても、控訴人は日本の裁判管轄に属すると考えて本件訴訟を提起したものであり、別件訴訟の係属中に被控訴人に訴訟告知をし、三和銀行と和解するについても事前に被控訴人に話し合いを求めており、本件訴訟の提起も別件訴訟の終結後数か月以内にしているから、濫訴と非難される点はない。
その上、現時点で改めてスイス連邦の裁判所に訴えを提起しても時効又は除斥期間の壁に阻まれて訴訟の追行をなし得ないことは明らかである。民事訴訟法一六条一項は管轄違いの訴訟の全部又は一部を管轄裁判所に移送することを認め、同法一七条は訴訟の著しい遅滞を避けるため又は当事者間の衡平を図るために他の管轄裁判所へ裁量移送することを認めていることに照らせば、本件においても同様の保護がされるべきである。
これらの事情は日本の裁判管轄を肯定すべき特段の事情に当たるから、仮に日本の裁判管轄を否定する事情が認められるとしても、これらを全体としてみれば日本の裁判管轄は否定されないというべきである。
4 当審における請求の追加(訴えの追加的変更)
被控訴人はED社に天皇金貨の両替を委任し、同社はこれを控訴人に再委任した。これらの当事者間では日本法を準拠法とする明示又は暗黙の合意があった。したがって、復代理人である控訴人は本人である被控訴人との関係において代理人であるED社と同一の権利義務を有することになる(法例七条一項、民法一〇七条二項)から、控訴人は被控訴人に対し、民法六五〇条三項により損害賠償請求権を有しており、これに関する訴訟は義務履行地を管轄する東京地方裁判所の管轄に属している。そして右損害の金額は既に請求している三二三四万円を下ることはない。
二 被控訴人の認否、反論
1 外国法人に対する日本の裁判管轄は民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときに限って認められるが、外国法人が日本国内に営業所を有していることを理由として日本の裁判管轄が肯定されるのは当該営業所が問題となっている事案に関与していた場合に限るとするのが判例通説の立場であるから、被控訴人の日本国内の営業所が取引に関与していない本件の裁判管轄は否定されるべきである。
2 そうでないとしても、本件は被控訴人ジュネーブ支店に「シューラ-氏気付け」で行われた送金が被控訴人の利得となるか否かが問題であって、そのことはまさにスイス連邦における銀行実務の問題でありスイス連邦の裁判所において審理をすることが迅速であり適切であるから、本件では日本の裁判所の管轄を否定すべき特段の事情が認められる。また法例によれば不当利得によって生じる債権の成立及び効力は原因となる事実の発生した地の法律によるとされ、原因となる事実の発生した地とは利得の発生した地のことであるから、本件についてスイス連邦の法律が準拠法となることは明らかである。なお、甲一一によるとヘルマン・ハーベルリンクはアメリカ合衆国ではなくナミビア共和国に在住しているようであり、そのほかの予想される証人についてもスイス連邦の裁判所で証人尋問することが合理的かつ効率的である。
3 国際裁判管轄について判断を誤った場合には国内における訴訟の場合と異なり移送等の方法による救済はない。さればこそ訴訟の提起に当たり法廷地の決定が重要であり慎重な判断が求められるのである。
4 当審で追加された請求について
第一審で訴えが却下された場合の控訴審における訴えの変更は不適法であって許されない。そうでないとしても、第一審で本案について審理がされていない以上、控訴審において新請求の審理することにより訴訟手続が遅延することは明らかであるから、訴えの変更には異議がある。
仮に訴えの変更が許されるとしても、準拠法はスイス連邦法であるから損害賠償の義務履行地に関する控訴人の主張は失当であるし、そうでないとしても当初の訴えと同様の理由により日本の裁判管轄を否定すべき特段の事情が認められるから追加された請求に係る訴えは不適法である。
第三証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 従前の請求に係る訴えについて
当裁判所も控訴人の従前の請求に係る訴えは不適法であると判断する。その理由は次のとおり付け加えるほか原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりである(ただし、原判決書二一頁九行目の「ユービエス」を「ユービーエス」に改める。)から、これを引用する。
1 国際裁判管轄の有無については国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分でないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当であり、我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁、最高裁判所平成九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。
すなわち、民事訴訟法が規定する土地管轄は当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に基づく類型的な利益較量の結果として定められたものであるから、これが日本の国内にあるときは原則として日本の裁判管轄を肯定すべきものであるが、日本国内という場所的に限定された同一法域内における裁判管轄の配分の問題と言語、法律、習慣等を異にする国家や地域を対象とする国際裁判管轄の問題とでは、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念といった観点からの考察において必ずしも同一であるとはいえないから、国内的な類型的利益較量の結果による基準に合致するからといってその全ての場合において当然に当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に合致するというものではなく、右理念に反する場合も生じ得る上、個別事情により他の国の国際裁判管轄に服させることの方が右理念に照らして妥当である場合も考えられるから、そのような場合には我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。
2 前記のとおり被控訴人は本件訴えが提起された当時東京都千代田区に営業所を有していたから、民事訴訟法附則四条一項、旧民事訴訟法四条三項による裁判籍が日本の国内に存在したものと認められる。したがって、本件においては原則として日本の国際裁判管轄を肯定すべき事実関係が存在するということができる。
3 そこで日本の裁判管轄を否定すべき特段の事情の有無について検討する。
本件では控訴人から被控訴人ジュネーブ支店に「シューラー氏気付け」で行われた送金が被控訴人の利得となるか否かが中心的な争点とされている。そして法例一一条一項によれば不当利得によって生じる債権の成立及び効力は原因となる事実の発生した地の法律によるとされ、原因となる事実の発生した地とは利得の発生した地を意味するから、右不当利得の成否はスイス連邦の法律を準拠法として判断されるべきである。この点控訴人は基本となる両替委任契約の各当事者間で日本法を準拠法とする明示又は暗黙の合意があった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また控訴人は、控訴人が被控訴人の口座に本件送金をしたこと、被控訴人が右送金に係る金員の処分権を有していたことは被控訴人も認めているから、本件天皇金貨が偽物であった以上不当利得の発生は準拠法の如何にかかわらず明らかであると主張する。しかし、右控訴人主張の事実関係をもって被控訴人に利得が帰属しているといえるかがまさに争われているのであり、控訴人が主張するように不当利得の発生が明らかであるとはいえない。そうすると、本件においては被控訴人が主張するような送金方法の有無及びその法的効果について日本の法律ではなくスイス連邦の法律に基づいて判断することが不可欠であるが、そのことはまさにスイス連邦の法律の下で銀行実務についての判断をすることにほかならないから、スイス連邦の裁判所において審理をすることが最も合理的である。加えて、重要な証人となることが予想されるヘルマン・ハーベルリンクについては控訴人が主張するアメリカ合衆国と被控訴人が主張するナミビア共和国のいずれに在住しているか明らかではないが、予想されるほかの証人等はスイス連邦内に集中しているから、証人尋問の点を考慮してもスイス連邦の裁判所で審理をすることが迅速な審理に資するといえ、日本の裁判所において審理することが合理的であるとする根拠は見いだせない。
4 また前記のとおり被控訴人は東京都千代田区に営業所を有しているが、弁論の全趣旨によると右営業所は本件の取引に関与していないと認められるから、この点においても日本の国際裁判管轄を認める根拠は乏しいといわなければならない。控訴人は、外国に支店等を設けて商売をする場合にはその外国の裁判権に服することを覚悟するのが世界の常識であると主張するが、業務と無関係な従たる営業所の所在をもって裁判管轄を肯定することは当事者の公平という訴訟法上の理念に照らして問題があり、控訴人主張のような共通の理解が国際的にされていると認めるに足りる証拠はない。
5 控訴人は資本金一〇〇〇万円の家族商店であり世界屈指の大銀行を相手として外国で訴訟をすることの負担には耐えられないとも主張する。しかし、裁判管轄は原則として紛争の発生場所、目的財産の所在地、義務履行地といった当該紛争にかかわる事実や当事者の住所、営業所の所在地等の客観的かつ類型的な基準により公平かつ中立的に定めるべきものであって、当事者の資力の有無、程度のような訴訟追行能力に関する個人的な事項は、これを当事者間の公平の観点から考慮することは格別、裁判管轄を定める独立の基準として持ち込むべきではないし、弁論の全趣旨によれば控訴人はコイン商として諸外国においていくつもの取引を行っている会社であると認められるから、外国において訴訟を追行する能力がないとはいえない。そうすると、仮に控訴人が主張するような事情が認められるとしても、これをもって本件について日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情を減殺するには十分でないから、控訴人の主張は採用することができない。
6 さらに控訴人は、現時点で改めてスイス連邦の裁判所に訴えを提起しても時効又は除斥期間の壁に阻まれて訴訟の追行をなし得ないことが明らかであるとして日本の裁判管轄が認められるべき旨を主張する。確かに、日本国内であれば管轄を誤って訴訟を提起した場合であっても民事訴訟法一六条一項による移送により救済され、訴訟の著しい遅滞を避けるため又は当事者間の衡平を図るため他の管轄裁判所へ裁量移送することも認められている(同法一七条)が、国際裁判管轄の場合にはそのような手当がされないので、管轄のない国の裁判所に訴訟を提起した場合には控訴人主張のような不都合が生ずることが考えられる。しかし、そのような不都合があるからといって国際裁判管轄について国内の裁判管轄におけるのと同様の保護がされるべきであるとすることには合理的な根拠がなく、むしろ外国法人等との商取引をする場合には右のような不都合が生じ得ることを念頭に置いて準拠法や国際裁判管轄についての合意をするなどの対策を講じることこそが肝要であるというべきである。しかも、控訴人主張のような事情をもって管轄のない国の国際裁判管轄を認めるときは、相手方当事者の利益を不当に損なうだけでなく、適正、迅速な審理の点においても支障を来すことが考えられるのであって、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する結果を招くことにもなる。そうすると、控訴人の右主張も採用することができない。
二 当審で追加された請求について
控訴人は当審において訴えを変更して委任契約に基づく損害賠償請求(民法六五〇条三項)を追加し、被控訴人は訴えの変更に異議を述べた。控訴審における訴えの変更は訴訟判決に対する控訴であってもこれが一般的に許されないとまではいえないが、原審で本案について審理がされていない場合には訴えの変更により変更後の請求について新たに審理をする必要が生ずるから、これにより訴訟手続が著しく遅延する結果を招来すると考えられる。これを本件についてみると、原審では被控訴人とED社、ED社と控訴人との契約関係について審理をしておらず、当審において控訴人の追加に係る請求について審理をするとなれば右各契約の内容等について証人尋問を含む審理を行う必要があるから、これにより訴訟手続が著しく遅延する結果となることは明らかである。そうすると、控訴人の訴えの追加的変更はこの点において不当であるから許すべきではない。よって、控訴人の当審における訴えの変更はこれを許さないこととする。
第五結論
以上の次第で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 笠井勝彦)